昭和五十六年十二月四日 朝の御理解
御理解第五十一節
「天地の間に住む人間は神の氏子。身の上に痛み病気あっては、家行できがたし。身の上安全を願い、家業出精、五穀成就、牛馬にいたるまで、氏子身の上のこと何なりとも、実意をもって願え」
昨日はおかげを頂きまして親教会の七十五年の記念大祭にここから沢山おかげを頂きましたが、本当にあの足ろうたというか万事万端の上に御都合御繰り合せを頂いて有難いお祭りを拝ませて頂きました。
お説教が福岡の吉木先生のお話を受け賜りましたが、本当にお話を頂きながら思うんですけどもこの真実という事ですね。程まあお話があれば聞く者をしてこちらへ伝わってくるものはない。本当にこのしかも赤裸々に御自分のお若い時から又はお子さんにあれは何というですかね。何とかという(サリドマイド)不具の方が生まれなさった時のお話までなさいまして親子の情をいわば説かれたわけですけれども、本当にそれこそ身の上の事何なりと実意をもって願えと身の上安全を願えと牛馬にいたるまで願えと仰せられるのですから、段々信心をさせて頂けば頂くほど願わずにはおられないのですよね。
しかし、そのようにして願いに願っておりましてもやっぱり今も申しますように様々な、なら福岡の吉木先生と云えば私共も大変御尊敬申し上げた先生でございましたが三代の吉木辰次郎という先生でした。信心は親に孝行するも同じ事というようなそういう親子の情を芯にしてのまあお話であったと思うんですけれども、例えば成程身の上安全を願いそれこそ牛馬の事に至るまでそんなこんな事までと思うような事まで願わして頂いても尚且つ、生涯の信心を例えば思うて見ると様々な事があり又あっておるので御座居ますけれどもそれが全て神様が育てて下さろうとする親心であるというお話をなさいました。
いうなら合楽でいうならば一切神愛。神愛だからそれを成行を尊び大切にまあ黙って受けていくとか有難く受けていけという話はありませんでしたけども、兎に角ふり返ってみてみるとみんな神愛の現れであった。育てずにはおかんという―というお話で御座居ましたね。確かにそうなんです。ほんならこうして毎日一日のうちの事でもです。ならそれこそ身の上安全的な願いをなす。それこそ牛馬の事に至までと教えられるようなこのような事までもというふうにお取り次を頂いて願って、そして出てくる答というものはもういうならばあなたまかせであり又それは神愛である。神様が育てずにはおかんという働きもその内容にはあるわけですけれども、そういう受け方が出けるようになるまでが私、お道の信心の一人前だと思うですね。
先生もお若い時から様々に御長男に生まれたけれども何か自分だけが特別扱いされとるような思いをなさったという時代もあったんでしょうけども、ほんなら此頃十一月三日にあちらの九十年の記念の大祭と十五年の吉木辰次郎先生の式年祭を一緒に仕えたというお話をなさっておられましたが、その九十年祭のあのお祭りを頂いて境に自分が貧乏くじを引いたとかまあいうならば自分だけがママ子扱いをされたとかいったような事が、みんな親が私を育てて下さろうとする働きの以外何ものでもなかったという事を悟ったというお話です。あそこが枯れた時に私は真の信心が出来たという事になるのじゃないでしょうか。
あれもおかげであった。これもおかげであったとわかるようになると本当の信者じゃとおっしゃる。あそこを分かるまでがなら吉木先生ですらそりゃ何十年かかられたわけですけれど、これからは楽です。楽と思うですね。これからほんならあれもおかげであったという事は過去数十年の事でしょうね。だからこれからとてももう例えば理非人な事があっても、自分をママ子扱いによしされてもそれが神愛ともうわかる事になるのですから真の信心が分かった事になる。
昨日皆さんも頂いて見られましたでしょう。今度七十五年誌というのが出けて見事な御本が出来ております。最後に合楽の事も出ております。中に大変珍しい写真が二枚あります。私が時代、いわゆるその当時子供会というておった時代の写真が二枚出ておる。それがよく見らないとわからないですけれども確かに私の幼顔がある。二枚、みなさん気付かれないでしょう、小さな写真ですから。まあ本当に貴重な写真になりますでしょう合楽でも。
ね、そして私が大阪公演にまいりました時のお話の一節がまあ私と親先生と岸先生のあの本当の信者を一人でもよいから育てて下さいと云うて岸先生が当時の若先生ですね。若先生に話しておられるのを、私は子供心に聞いてその本当の信者、真の信者というのに私がなろうとこの幼い時分にそれを思うとるわけです。ね、そしたらどこから湧いてくるか今も不思議でたまらんのですけれども、感動が湧いて湧いて仕様がなかった。あんまり涙が流れるからおかしかったから横に小さい少しばかりのミカン畑があった。中に入って泣いたという話をした事、そこん所だけがあの書いてございますね。お読みになったでしょうか。
それとまあ私の小さいそうですね十歳丁度、そういうような事を私が思うたり感じたりした自分の話だと自分の写真だと思うんですけれども、あそれとこれとしながら思うてなら真の信心が頂こうとま成程それを思うたと云う事、昨日の御理解をもう一辺思い出して下さい。ね、その気にならなければどんな素晴らしいお話を聞いても駄目です。私昨日、吉木先生のお話を聞いてね、その気にならなければね。例えばひがんで見らずにそれを親心としてそれを神情として見たら、みんながおかげに見えてきたけれどもそれまでは云うならひがんだ心で見てきとる。だから一切が神愛であるという話をです聞いただけではなくてその気になってみると神愛である事がわかるのです。その気になるから修行も出来るのです。その気になるという事です。
ね、まあいうならば私はまだ十歳か十一、二歳の時にすでにいうならね、先生方が二人で話しておられる話を聞いてです本気で思った。そん本当の信者、一人でも三井教会からえーえから育てて下さいと云っとるその一人の信者に私がなろうと本気で思うたという事なんです。その思うた事が今から考えてみると、あれは私の涙ではなくて天地が感動ましましたんじゃろうとこう思うです。ね、天地の感動が私のいうなら幼い心の中に響いてきて何かわけのわからんけれども涙が流れたというのです。私は吉木先生のお話をずっと頂かしてもろうて、今云う昨日皆さんに聞いて頂いたその気になるという事。ね、その事をその話の中からその気にならなければ信心はできんもんだなという事を思わせて頂きました。ね、神乍らといえば神乍ら、沢山色々まあ寄りに寄られてここに揚げられたんでしょう。
恐らくみんなが私がという事を気付かんでおると思うんですよ、この写真の中に。小さい写真ですから。あーこれが大坪さんたいちいうてわかっとらんともおるんです。けどもその写真が二行ここに納めてあります。それに私の大阪公演の時の写真と私が御大祭の後かなんかに御挨拶しておる写真とがあったから四枚載っているわけですからもう一辺見て下さい。よーとこう虫眼鏡で見らにゃわからん事あのですけれども確かに私の幼顔です。そしてその時分にその記事にも載っておりますひとつ本当の信者に私がなろう一人の信者に私がなろうとそう思わなければ駄目だという事ね。なそう思うてほんなら今日の御理解じゃないけれどもね、身の上安全ねそれこそ牛馬の事に至るまで実意をもって願って願って願い抜いておってもほんなら生涯の中に様々な事があったとこういう事です。
願いと反対の事にもなったという事なんです。けれども、その気にこちらがなっておりますからそれを信心で頂いてきたという事です。まあそれはやっとかっとであったにしましてもです、ほんなら一切神愛という合楽理念が説かれるようになってから此の方というものは、もう即そのままそれを有難しと受けれるようになった。ようやく私が六十年前にいうならば天地の親神様にお誓いしたのと同じ事じゃないでしょうか。その本当の信者、真の信者に私がなろうとこう思うたとそう思うたという事なんです。ね、ですからその六十年間の信心を振り返ってみると様々な事があったんですけれども、やっぱそれを一つ一つおかげにしてきておる。そん時にはおかげとは思い切っておらんけれども、私の場合は六十年ぶりにねまあいうならばあれもおかげであった、これもおかげであったというふうにわかるようになった。
昨日福岡の吉木先生のお話を頂いておりますと今度の九十年という記念大祭を境にそういう過去のまあひどい仕打ちとも思うておったそのひどい仕打ちが、私を育てて下さろうとする親の心であったというような事がわかったと云われるようにね、私は信心はねそりゃやっぱ願わずにはおれませんから何でもこうやってお取り次頂いてお願いをするんです。牛馬の事に至るまでそれこそ実意をもってお願いをするんですけれども、願いとは反対のいうならそれこそ目の前が真っ暗になるような悲しい事やらも起こって来るんですけれどもね、それを私はおかげとあれもおかげこれもおかげとわかるような頂き方の出来るまでがお道の信心のいうならば一人前というか、真の信者というふうに教祖は仰っとられますが真の信者になったと。
だから、その真の信者になろう真の信心を頂こうとそれを本気で発心する。それをその気にならなければいけないという事ですよ。何十年お話が頂いとっても神愛という事は合楽の親先生流の神愛と云われるだろうけれども、こんな難儀な事がおこった、苦しい事が起ったといっておる間はだから信心のわかってるようであってわかっとらんという事になるのじゃないでしょうかね。どうぞ。